2017年3月16日木曜日

渡瀬恒彦死去@モランボン 死去


モランボン『焼肉のタレ ジャン CM 【渡瀬恒彦】 1989   


渡瀬恒彦さん死去…72歳、胆のうがん 15年から闘病も完治せず


「事件」「震える舌」「仁義なき戦い」シリーズなどの映画や「十津川警部」「おみやさん」をはじめとする推理ドラマでも活躍した俳優の渡瀬恒彦(本名同じ)さんが14日、胆のうがんのため東京都内の病院で死去した。72歳。島根県出身。葬儀は近親者のみで営む。喪主は妻い保(いほ)さん。兄の渡哲也(75)とはまた違った男の魅力で人気を誇ったスター俳優だった。

仕事復帰を信じて頑張った渡瀬さんが静かに息を引き取った。

がんとの闘いは一進一退を繰り返し、家族の願いは届かなかった。1月21日に松方弘樹さんが74歳で死去した際には「年齢も近く、東映の撮影所で共に育ってきました。今は言葉が出ません」とコメントを出した。あれからまだ2カ月だった。

渡瀬さんは15年夏ごろに体調不良を訴え、検査の結果、胆のうに悪性腫瘍が見つかって都内の大学病院に入院。5カ月間、仕事を入れず、抗がん剤の投与と放射線治療を受けた。効果が出て、少しずつ仕事復帰を果たしたが、完治せず、入退院を繰り返していた。

早大法学部を除籍になった後、電通PRセンターに入社。兄の渡は既に日活の青春スターとしてスターの階段を駆け上がっていたが、渡瀬さんは芸能界に全く興味がなかった。そこを口説いたのが東映の岡田茂社長(当時)で、69年に同社と契約を結んだ。

70年に石井輝男監督「殺し屋人別帳」でデビュー。「仁義なき戦い」シリーズなど数多くのやくざ映画やアクション作品で実力を養い、78年に出演した深作欣二監督の「赤穂城断絶」と野村芳太郎監督の「事件」の演技でブルーリボン賞助演男優賞などを受賞した。その後も「震える舌」「南極物語」などの話題作で存在感を見せる一方、映画界の斜陽化に伴ってテレビでの活躍も目立つようになった。「十津川警部」(TBS)「おみやさん」などは息の長いシリーズとなった。

私生活では73年に女優の故大原麗子さんと結婚したが78年に離婚。翌79年に新潟県出身のOL、い保さん(69)と再婚し、息子と娘に恵まれた。04年の「十津川警部シリーズ 東北新幹線“はやて”殺人事件」で大原さんと26年ぶりの共演を果たし話題を呼んだ。大原さんが09年8月に62年の生涯を閉じると、同23日に営まれた「お別れの会」には渡瀬さんも参列し、別れを告げていた。

◆渡瀬 恒彦(わたせ・つねひこ)1944年(昭19)7月28日、島根県生まれ。69年に東映に入社。70年「殺し屋人別帳」でデビュー。主な代表作に映画「赤穂城断絶」「事件」「仁義なき戦い」シリーズ、ドラマ「十津川警部」「北アルプス山岳救助隊」「世直し公務員」「おみやさん」シリーズなど。兄は俳優の渡哲也(75)。
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2017/03/16/kiji/20170315s00041000579000c.html

またまた無慈悲なConfirmationキター!(爆wwwwwwwwwww






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おまけ







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2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

エーライフ懐かしい。VIPの親切なおじさんがおじさんなのに大学受験目指してて、店に出資してるようなこと言ってたのでオーナーの一人かな?と思ってました。他の人からは総会屋とか聞いたような。VIPでは阿部ひろししか見たことない。ヴェルファーレVIPでは山城信吾が毎晩のようにママさん連れて出勤してた。ちなみに山城はアウトローの憧れらしい=毎晩いい女をとりかえる金があって最後高級老人ホームで死ぬ(笑)。他にはサッカーのT田、エーベックソ、バーニン系、パンチパーマの人、日サロのオーナーなど実に香ばしい方が集ってた。オーナーは瀬川という人だったのですね。瀬川と山〇のソーシャルエコをめぐるバトルとか初めて知りました。だから六本木の経営者の息子が山〇の動き(どこに出入りして誰と会ってる)にやたら詳しかったのですね。ちなみに奴の息子の仕事は輸入の仕事で年に一回年収分が入る仕事だそうです爆 一体何を輸入してるんでしょうかね?(笑)

匿名 さんのコメント...

山〇のマブダチのほにゃららの息子は沖雅也がダイブしたホテル内で働いてた(笑)
他のほにゃららの息子も同じグループの百貨店で働いてたことをどや顔で自慢してた。
ほにゃららのゆとり息子たちの優しい受け皿w

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